最近、わが家の日常に少しだけ変化が起きました。
何か新しいことを始めたわけでも、どこかへ旅行したわけでもありません。
きっかけは、テレビドラマの『VIVANT』でした。
ドラマを一本見るようになっただけなのですが、月曜日の過ごし方が変わり、夫婦の会話が増え、YouTubeを見る目的ができ、さらにはオヤジの飲み会の話題まで変わりました。
テレビドラマには、思っていた以上に人の日常を動かす力があるようです。
きっかけは、娘から妻へのひと言だった
最初に『VIVANT』を見始めたのは妻でした。
娘から「面白いから見てみたら」と薦められ、娘が契約していたU-NEXTのファミリーアカウントを使って、まず「シーズン1」を見るようになりました。
妻が見ている横で、私も何となく見始めました。
最初から強い興味があったわけではありません。ところが、話が進むにつれて、だんだん続きが気になってきました。
敵なのか、味方なのか。
この人物は何かを隠しているのではないか。
あの場面には、どんな意味があったのか。
気がつけば、夫婦そろって『VIVANT』の世界に引き込まれていました。
その後、娘のファミリーアカウントが期限切れになりました。
普通なら、そこで終わってもおかしくありません。しかし、続きや関連作品を見るために、わが家で改めてU-NEXTを契約することになりました。
人は「見たい」と思うものができると、それまでしなかった行動を始めるものです。
月曜日の夕方に新しい習慣ができた
「シーズン2」は地上波で放送されるため、録画して月曜日の夕方に二人で見るようになりました。
放送当日に見ないのは、日曜日の9時にはもう寝ているからです。
月曜早朝のアメリカ女子ゴルフの中継を見るためもあります。
週末は日米の女子ゴルフ。そして月曜日は『VIVANT』。
わが家に、そんな新しい一週間のリズムが生まれました。
長く一緒に暮らしている夫婦は、お互いのことをよく知っています。しかし、その一方で、新しい共通の話題はだんだん生まれにくくなります。
毎週決まった時間に同じドラマを見て、一緒に驚いたり、「この人は怪しい」と話したりする。
ほんの一時間ほどのことですが、二人で同じ物語を追いかける時間ができました。
『VIVANT』を見ること以上に、「一緒に見る時間」ができたことの方が、わが家にとっては大きな変化だったのかもしれません。
見るだけでは足りず、「考察」が始まった
やがて私は、ドラマを見るだけでは物足りなくなりました。
YouTubeの「考察チャンネル」をチェックし、登場人物の背景や伏線、画面の片隅に隠された小ネタなどを探すようになったのです。

なるほど、あの場面にはそんな意味があったのか。
あのセリフは、次の展開への伏線だったのかもしれない。
そうした「考察情報」を仕入れては、妻に披露します。
いつの間にか私は、普通にドラマを見る人から、頼まれてもいないのに小ネタを解説する「うるさい考察ジジィ」になっていました。
「考察」が加わると、ドラマの楽しみ方も変わります。
ただ物語を受け取るだけではありません。自分なりに観察し、先を予想し、翌週に答え合わせをする。
テレビドラマが、ちょっとした知的な遊びになったのです。
原作がないから、みんなで考えられる
『VIVANT』を見ていて、もう一つ気づいたことがあります。
原作のないドラマは、「考察」が盛り上がりやすいのではないでしょうか。
原作があれば、その先の展開を知っている人がいます。しかし、原作がなければ、視聴者は全員が同じスタートラインに立ちます。
誰が味方で、誰が裏切るのか。
過去の場面が、この先どのようにつながっていくのか。
誰も正解を知らないからこそ、自由に想像できます。「考察」が当たっても楽しいし、見事に外れても、それはそれで楽しい。
以前見ていた『ロイヤルファミリー』は、原作がありながらドラマ独自の展開も多かったためか、私が知る限り『VIVANT』ほど「考察」が盛り上がってはいませんでした。

「考察」の面白さは、「正解を知ること」ではありません。
正解が分からない時間を、みんなで楽しむことにあるのかもしれません。
オヤジの飲み会にも「VIVANT」が進出した
『VIVANT』は、ついにオヤジの飲み会にも進出しました。
仕事、大谷、サッカー、健康、病気、昔話。

年齢を重ねると、飲み会の話題もだいたい決まってきます。
ところが、同じドラマを見ている人がいると、「あの人物は怪しい」
「あの場面は伏線ではないか」
「次はこうなるんじゃないか」
と、会話が一気に盛り上がります。
一人で見るテレビドラマが、人と人をつなぐ共通の話題になります。
しかも、「昔はこうだった」という過去の話ではなく、「来週はどうなるのだろう」という未来の話です。
オヤジたちがドラマの続きを真剣に「考察」している姿も、なかなか悪くありません。
妻には刺さらなかった「VIVANT」Tシャツ
すっかり『VIVANT』に影響された私は、ネットで「VIVANT」のTシャツを見つけました。
これはいいかも。きっと妻も喜ぶだろう。
そう思ってプレゼントしたのですが、妻の反応は予想とはまったく違いました。
全然喜ばなかったのです。それどころか「何を考えているの?」という顔でした。
ドラマを一緒に楽しむことと、そのドラマのTシャツを着たいと思うことは、どうやら別の問題だったようです。
YouTubeの「考察チャンネル」を見て、登場人物の気持ちや今後の展開を読もうとしていた私ですが、最も身近にいる妻の気持ちは読み切れませんでした。
同じものが好きでも、その「好き」の表現方法は人によって違う。
『VIVANT』から得た、意外に大切な教訓です。
「次が楽しみ」が二つある
こうして、私の一週間には二つの楽しみができました。
一つは女子ゴルフ。

もう一つは『VIVANT』です。
週末に女子ゴルフを見て、月曜日には録画した『VIVANT』を見る。見終わればYouTubeで「考察」を確認し、ときには飲み会で次の展開を語り合う。
一つのドラマが、一週間のいろいろな場面に入り込むようになりました。
「次が楽しみ」と思えるものがあると、少し先の未来に小さな目印ができます。
次のゴルフの試合はどうなるだろう。
来週の『VIVANT』では何が起きるのだろう。
そんなささやかな期待があるだけで、一週間の景色は少し変わります。
日常を変えるのは、大きな出来事だけではない
人生を変えるのは、大きな決断や特別な出来事だけではありません。
娘から薦められたドラマを見る。
妻と毎週同じ時間を過ごす。
YouTubeで小ネタを探す。
友人と次の展開を語り合う。
そして、妻にあまり喜ばれないTシャツをプレゼントする。
どれも、人生を左右するほどの出来事ではありません。それでも、こうした小さな変化が日常に新しい刺激を与えてくれます。
年齢を重ねても、新しい楽しみと出会うことはできます。
その楽しみが、夫婦の会話を増やしたり、人とのつながりをつくったり、次の一週間を待ち遠しくしてくれたりします。
「脳は老いても、心は老いない。」
心を老いさせないために必要なのは、何か大きな目標ではなく、「次が楽しみ」と思えるものを日常の中に一つ持つことなのかもしれません。
わが家の場合、その一つが『VIVANT』でした。
もっとも、妻が「VIVANT・Tシャツ」を着る日は、たぶん永遠に来ないと思いますが。
