「心理的資本開発士(PsyCap Master)」のホリシンです。
と自己紹介すると必ず『「心理的資本」って何ですか?』って聞かれます。
それではフレッド・ルーサンス先生の「こころの資本」からスタートしましょう。
「心理学」と「経営学」の融合から生まれた「心理的資本」を知ろう!
最近「心理的資本」(Psychological Capital)という言葉をよく耳にするようになりました。
略して「PsyCap」(サイキャップ)と言われます。
「Hope」「Efficacy」「Resilience」「Optimism」の4つの心のリソースが「心理的資本」の骨格です。
それぞれの頭文字をとって「HERO」と呼ばれます。
実は私はもう10年近く「レジリエンス」という心の働きに関わってきたのですが、3年前にこの「レジリエンス」が「心理的資本」の一つだということを知り、俄然興味が沸いてきて「心理的資本開発指導士 PsyCap Master」になりました。
「心理的資本」には「心理」という言葉が使われていますが、心理学だけでなく経営学や組織論の分野で見かけることが増えました。
個人の心理的資産の一つではありますが、「人材マネジメント」や「キャリア形成」に欠かせない概念として注目されています。
有名な人事部門向けポータルサイト「日本の人事部」でもこのように取り上げられています。

「心理的資本」が企業にも社員にも必要な理由とは?「人材マネジメント」と「キャリア形成」への影響
そもそも「心理的資本」という概念はどのように生まれ、なぜビジネスの世界で重要視されるようになったのでしょうか。
原点はフレッド・ルーサンス「こころの資本」
この「心理的資本」(Psychological Capital)という概念を最初に(2004年)提唱したのは、アメリカのフレッド・ルーサンス氏(ネブラスカ大学リンカーン校教授)です。
フレッド・ルーサンス教授が「元全米経営学会会長」であることはよく知られています。
現在日本における「心理的資本」という概念の解説書はこのフレッド・ルーサンス教授の著書である「こころの資本」(中央経済社2020年)のみです。
そして2023年9月に「こころの資本」の訳者の一人である開本(ひらきもと)浩矢氏(大阪大学経済学部研究科教授)の「心理的資本をマネジメントに活かす」(中央経済社)が出版され、「心理的資本」が企業の「人材マネジメント」と社員の「キャリア形成」に必須の概念であることを丁寧に解説してくれました。
開本浩矢先生は現在、私が会員になっている「日本心理的資本協会」の会長を務めています。
「人的資本」「社会関係資本」に次ぐ「第3の資本」
「心理的資本をマネジメントに活かす」を要約すれば、このVUCA時代には、組織(企業)が必要とする「成果を生み出す社員の本質」として、これまで言われてきた「人的資本」(人材1.0)と「社会関係資本」(人材2.0)に加えて「心理的資本」(人材3.0)という「第3の資本」が重要視されるようになったということです。
なぜなら「心理的資本」は、人(社員)がせっかく持っている「人的資本」と「社会関係資本」を「宝の持ちぐされ」にしないための「心のエネルギー」だからです。
つまり社員側からの視点では「心理的資本」は将来の「キャリア形成」にとって、重要な「個人的資源」(スペック)と位置付けられます。
別の言い方をすれば「心理的資本」は、自分の持っている「人的資本」と「社会関係資本」を生かして、積極的な行動や自律的な目標達成につなげる「心のエンジン」になるとも言えます。
企業にとっては「心理的資本」を発揮して成果を上げる社員を育成したり見極めることが「人材マネジメント」につながるし、社員にとっては「心理的資本」が自分のスペックの一つとして「キャリア形成」を成功に導く武器になるということになります。
「HERO」が「心理的資本」に選ばれた理由とは?
「こころの資本」は300ページもあるやや難解な本ですが、この第3章から第6章までは、この「心理的資本」を構成している要素が「HERO」という4つの心のリソースであるという解説に充てられています。
Hope(希望、目標)
Efficacy(効力感と自信)
Resilience(乗り越える精神力)
Optimism(現実的な楽観性)
それでは多種多様な心理リソースの中から、この4つのリソース「HERO」が「心理的資本」に選ばれたのはなぜだろうと思ったのは私だけではないでしょう。
実は「心理的資本」には以下の4つの選択基準がありました。
1.ルーサンス教授の「ポジティブ組織行動研究」の理論に基づくこと
2.妥当な測定方法があること
3.開発可能であること
4.定量的な業績と関連していること
つまり「HERO」はこの4つの基準をすべて満たしているのです。
4の「業績との関連」については、アメリカの研究によれば
・「心理的資本」によって説明できる業績への割合は、約10~20%
・「心理的資本介入」(PCI=2時間の研修)による向上率は約2%
と言われているそうです。(開本教授のYouTubeより引用)
「心理的資本」のさらなる展開とは?
そして「こころの資本」の原題が「Psychological Capital and Beyond」である意味は、第7章と第8章で「ポストHERO」として以下のようなリソース(ポジティブ概念)が次の「心理的資本候補」として、現在研究途上にあることが明示されているからなのです。
◆クリエイティビティ
◆フロー
◆マインドフルネス
◆感謝と赦し
◆エモーショナル・インテリジェンス(情動知能)
◆スピリチュアリティ
◆オーセンティシティ(本来性)
◆勇気
極端なことを言えば、自分の心にあるリソースでポジティブな推進力になり得るものであれば、フレッド・ルーサンス教授に認定されなくても「My心理的資本」としてどんどん活用すればいいのではないでしょうか。
そしてさらに「こころの資本」の最終章(第10章)のタイトルが「心理的資本の終わりなき旅」であるように、フレッド・ルーサンス教授は、これからも「心理的資本」の理論構築と研究は続いて行くと結んでいます。
「心理的資本」の日本での研究は遅れている!?
実はアメリカで2006年に出版された「Psychological Capital and Beyond」が日本で翻訳されて「こころの資本」として書店に並ぶまでに14年もかかっています。
その分日本での「心理的資本」の研究は遅れていると言うことかもしれません。
「こころの資本」の冒頭の「訳者はしがき」の中で、開本教授は日本での「心理的資本」研究の現状に以下のように触れられています。
・「心理的資本」の概念が、ポジティブ心理学や教育分野から経営学分野に広がりつつある
・日本労務学会で「心理的資本」が高業績従業員の予測因子として有効であることが確認された
・民間でも「心理的資本」と業績との関連性が検証されている(株式会社Be&Do)
開本浩矢教授の「まとめのコメント」は以下の通りです。
『現時点では「心理的資本」の概念の導入や活用が十分とはいえない我が国の人材育成に、こうした有益な概念が普及することが望まれる。』
「ポジティブ組織行動」(Positive Organizational Behavior)とは?
「こころの資本」の第2章は「ポジティブ組織行動:心理的資本のフレームワーク」というタイトルで、「HERO」の説明の前に「ポジティブ組織行動」について解説されています。
「ポジティブ組織行動」の定義は「組織の中で測定可能で持続可能なポジティブな心理的資源に焦点を当て、それによって社員のパフォーマンスや幸福感を向上させる行動を研究・実践すること」です。
つまり「ポジティブ組織行動」は組織内のすべてのポジティブな要素に関わる幅広い概念と言う位置付けです。
例えば、「社員のポジティブな行動」「ポジティブな感情」「ポジティブなリーダーシップ」などが含まれます。「心理的資本」はその中で特に重要な個々の社員が持つ4つのリソース「HERO」にフォーカスしています。
つまり「ポジティブ組織行動」は「心理的資本」の上位概念と言えるかもしれません。

組織と個人にとって「HERO」の重要性とは?
先ほども触れましたが、「こころの資本」では第3章から第6章まで「HERO」を「E」「H」「O」「R」の順番で解説しています。
この点からも恐らくは4つのリソースの中でも「Efficacy」が最も比重が高く、「心理的資本」の中核概念に位置付けてられていると考えられます。
「HERO」が組織の「人材マネジメント」と個人の「キャリア形成」になぜ重要なのかをそれぞれの章で説明しています。
「Efficacy」:効力感と自信
「Efficacy」は、自分の能力で目標を達成できると信じる力です。「人材マネジメント」及び「キャリア形成」においては、以下の点で重要です。
-
チャレンジへの積極性: 「Efficacy」が高い人は、困難なプロジェクトや新しい職務に前向きに取り組む傾向があります。これがキャリアの幅を広げるきっかけとなります。
-
自己主導型のキャリア開発: 自信を持ってスキルアップやネットワーキングに取り組むことができ、キャリアの可能性を積極的に広げられます。
-
逆境での行動力: 昇進や転職といった重要な選択肢においてリスクを取る勇気を持つことができます。
「Hope」:希望と目標
「Hope」は、目標達成に向けた「意志(Will)」とそのための「経路(Way)」を描き、それを実現するモチベーションを維持する能力です。「人材マネジメント」と「キャリア形成」においては次のように作用します。
-
長期的なビジョンの形成:「Hope」を持つ人は、キャリアの目標を明確にし、それに向けて段階的に計画を立てます。
-
逆境への対処: キャリアの壁や挫折を乗り越える際に、柔軟に対応し、新しい方法(Way)を模索する力になります。
-
キャリアトランジション: 転職やキャリアチェンジといった変化に対して前向きに対応し、新たな可能性(Will)を追求できます。
「Optimism」:現実的な楽観性
「Optimism」は、ポジティブな結果を現実的に予測し、それを信じる心の傾向です。これが「人材マネジメント」と「キャリア形成」に与える影響は以下の通りです:
-
ストレスへの耐性: 難しい状況でもポジティブな見通しを持つことで、ストレスを軽減し、精神的な健康を保てます。
-
失敗からの学び: ネガティブな経験も成長の機会と捉え、次の挑戦に活かす姿勢を育てます。
-
人間関係の向上: 明るく前向きな態度が同僚や上司との信頼関係を強化し、キャリア開発の機会を広げるきっかけになります。
「Resilience」:乗り越える精神力
「Resilience」は、逆境や困難を乗り越える力です。「人材マネジメント」と「キャリア形成」においては、以下の点で重要です。
-
変化対応力の強化: 組織の変革や市場の変動といったキャリア環境の変化に柔軟に対応できます。
-
長期的なキャリアの持続性: 挫折や失敗に直面しても短期間で立ち直り、目標達成に向けて努力を続けることができます。
-
挑戦への積極性: 高い「Resilience」により、リスクを取ってキャリアを進展させる勇気を持つことができます。
「心理的資本」の測定方法とは?
「心理的資本」に選定される4つの基準の一つに「測定可能であること」が掲げられています。
そして「心理的資本」を「人材マネジメント」や「キャリア形成」に活用するためには、いまの自分の「心理的資本」の状態と変化を知る必要があります。
「心理的資本」の測定方法はいくつかありますが、日本ではまだ簡単に測定できるツールは少ないようです。
□英語版「PCQ」(Psychological Capital Questionnaire)
「心理的資本」はフレッド・ルーサンス教授が開発した「PCQ」(Psychological Capital Questionnaire)で測定することが可能です。但し英語版で有料です。
□「日本語版PCQ」
一般社団法人レジリエンスコンサルタント協会では「組織行動の考え方・使い方」(服部泰宏著・有斐閣2020年)で紹介されている「日本語版PCQ」を参考にしています。
24項目の質問に5段階で回答することで、「HERO」それぞれののスコアを集計しバランスを見ることができます。
株式会社Be&Doでは「HEROIC」という有料ツールを企業向けに販売しています。
人事部門が「人材マネジメント」施策のエビデンスとして使用することが多いようです。
但し社員の人数分のライセンス料が必要になるので企業にとっては費用対効果が問題になるかもしれません。

「心理的資本」の開発方法とは?
また「心理的資本」の選択基準の一つに「開発可能であること」も謳われていました。
つまり「HERO」の4つのリソースは、すでに心理学分野の研究でトレーニング方法が開発されている概念なのでそれを前提にフレッド・ルーサンス教授は「PsyCap Development(PCD)モデル」を構築し以下のように解説しています。
「 Efficacy」の開発
ー目標達成に対する自信を高める力をつけるためにー
-
挑戦的な目標を設定する: 簡単すぎず、達成可能な目標を設定し、成功体験を積む。
-
ポジティブフィードバックを受ける: 上司や同僚から肯定的なフィードバックをもらい、自分の能力への信頼感を強化する。
-
ロールモデルを観察する: 他者の成功から学び、自分もできるという意識を持つ。
「Hope」の開発
ー目標に向かって進むための意志と方法を得るー
-
SMARTな目標を作る: 明確で達成可能な目標(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, Time-bound)を設定する。
-
代替案を考える: 困難に直面したときの複数の道筋を用意し、柔軟に対応する力を養う。
-
ポジティブな自己対話を実践する: 自分自身に励ましの言葉をかける習慣をつける。
「Optimism」の開発
ー未来に対して前向きな期待を持つ力を得るー
-
成功を自己原因に帰属する練習: 達成した成果を「自分の努力の結果」と認識する習慣を持つ。
-
悲観的思考を再構築する: 失敗や困難を一時的なものと捉え、長期的な目線で解決策を考える。
-
感謝の練習を行う: 日々の小さな成功や幸せを意識し、記録することでポジティブな視点を養う。
「 Resilience」の開発
ー逆境を乗り越える精神力を高めるー
-
過去の成功体験を振り返る: 困難を乗り越えた経験を思い出し、自分の強みを再確認する。
-
ストレスマネジメント技術を学ぶ: 呼吸法や瞑想、運動を取り入れてストレスに強くなる。
-
サポートネットワークを構築する: 信頼できる同僚や友人との関係を深め、困難な時に支えを得る。
「心理的資本開発(PCD)トレーニング」について
フレッド・ルーサンス教授は「心理的資本」を体系的に開発するためのトレーニングプログラムを推奨しています。
このトレーニングでは、短期間で「心理的資本」の4つの要素を強化する以下の方法が用いられます:
-
体験型学習(Experiential Learning): ワークショップやロールプレイングを通じて実践的に学ぶ。
-
マインドセットシフト: 否定的な信念をポジティブな信念に変える練習。
-
継続的な反復練習: 日常生活や仕事で学んだスキルを実践し定着させる。
「心理的資本」は、「学ぶことで成長可能な資質」であるため個人の努力と組織的な支援によって大きく向上させることができます。
この方法を日常的に取り入れることで、個人の成長と組織全体のパフォーマンス向上に繋げることが可能になるそうです。
レジリエンスコンサルタント協会「心理的資本セミナー」について
一般社団法人レジリエンスコンサルタント協会ではPCDのコンセプトを活かした「心理的資本セミナー」を企業向けに実施しています。
新入社員から管理職まで階層に合わせたプログラムを用意しています。
先日もある大手IT企業の入社3年目社員のみなさまに受講していただきました。
「若手社員がリモート慣れしてしまって自律的行動ができなくなっているのではないか」と不安に思ったこの会社の人事部長からの依頼でした。
4時間の短いセミナーでしたが、なんとか自分の「HERO」に気づいてもらえたのではないかと思います。
また当協会では「心理的資本」の概念を取り入れた「1to1ミーティング」の手法(心理的資本ガイディング)もご紹介しています。
たとえばこんな同僚や部下が周りにいませんか?
・チャレンジしたくない人
・評価されていないと感じる人
・現状に満足している人
・踊り場を迎えてモヤモヤしている人
・根拠のない自信にあふれている人
・行動を起こすことができない人
もしいたらどう声を掛けますか?お気軽にお問い合わせください。
まとめ:「心理的資本」がもたらすものは「ウェルビーイング」!
ここまでフレッド・ルーサンス先生の「こころの資本」を読み砕きながら「心理的資本」をおさらいしてきました。
「心理的資本」の4つの構成要素「HERO」(希望、自己効力感、レジリエンス、楽観主義)は、個人や組織がストレスや困難に適応し、ポジティブな結果を生み出すための土台を築き動き出すための「心のエンジン」です。
そして結果として、以下のような形で「心理的資本」はウェルビーイングの向上に寄与すると言われています。
ビジネスのウェルビーイング
・生産性の向上:ウェルビーイングが高い社員は、仕事に対するエンゲージメントが高まり、結果として生産性が向上します。「心理的資本」はこの好循環を生み出す力になります。
・離職率の低下:社員が自ら「心理的資本」を育てられる職場では、職場環境への満足度が上がり離職率が低下します。これにより採用コストやトレーニングコストも削減されるでしょう。
・イノベーションの促進:「心理的資本」が高い社員は、リスクを恐れずに新しいアイデアを試みる傾向があります。これがイノベーションを生む土壌を作ります。
人生のウェルビーイング
・対人関係の質の向上: ポジティブなマインドセットが人間関係を豊かにします。
・人生の目標追求:「Hope」や「Efficacy」が、困難を乗り越えながら個人の目標を達成する力となります。
・全体的な幸福感: 「Resilience」と「Optimism」が、困難な状況でも幸福感を維持する助けとなります。
このように「心理的資本」は、組織と個人の両方においてウェルビーイングを実現する重要な資産なのです。
高い「心理的資本」を持つことで、精神的な健康度、キャリアの充実感、職場での満足感などが向上し、結果として人生全体の幸福感を高めることが可能と言われています。
ウェルビーイングという目標は、「心理的資本」の応用を通じて達成される自然な成果といえるのではないでしょうか。
「心理的資本開発士 PsyCap Master」としては、みなさんが「心理的資本」を知り意識することで、個人も組織も「成長」と「幸福感」という2つの価値を両立できる明るい未来につながることを願っています。
(ホリシン)
コメント