脳は老いても、心は老いない。50代は真剣に自分の「心理的資本」に向き合うとき。
私が50代のとき、20年後のことなど全く考えていなかったように、いま50代のみなさんは自分が70代になったときの姿は想像できないでしょう。
しかし50代は人生の大きな分岐点です。
人生100年であれば、いまは半分が過去、半分が未来です。(70代はもう4分の3が過去です。)
この時期にこれまでの歩みを振り返り、これからの生き方を真剣に考えなければ、恐らくは無味乾燥のつまらない70代がやってきます。私のように・・・
私の愛読書である宮本輝さんの小説に登場する人物がこう語っています。
人間も50近くになると誰もが、自分はこれからどうやって生きたらいいのか、とか、自分は何のために生まれてきたのか、とか、自分のこれまでの50年は何であったのか、とか、このままなし崩し的に老いていっていいのか、とか考えるであろう。
私も50代の頃、同じような思いを抱えながら仕事に邁進していました。
しかし、振り返ってみると、結局はその問いに答えをだせないままあっという間に70代に突入していました。
つまり自分の心は50代の頃から全く発達しないまま20年が経ってしまったのです。
あの頃はこうした「哲学的思索」を繰り返すことが、自分の心を発達させる「心理的資本」を磨き、正しい「人間力」を形づくるためのプロセスの一つとして必要であることに気づかなかったのです。
また「感謝すべき人に感謝を伝える」というあたりまえの「心根」を身につけなかったことも自分の心を停滞させた要因であったと感じています。
40代から50代にかけては、どうしても仕事第一主義になってしまい、「自分は何ができるか」「自分は誰を知っているか」という仕事の成果につながる個人的資源を増やすことばかりを考えて、「自分の心はどこまで発達しているか」という「人間力」を育む心の指標に対する努力を怠ってしまったのです。
「心」が「人間力」を生み出す「資本」であることを理解し、特に「心理的資本」と呼ばれる4つのリソースを日々アップデートしていくことがいまやるべき50代の仕事です。
会社の仕事は誰かに任せればいいのです。あなたでなくても大丈夫です。
とにかくこれからの20年はあっという間に過ぎて行きますから。
「心理的資本」が「心のインフラ」になる
私は60代で初めて「心理的資本」という概念に出合い、「心理的資本開発指導士(PsyCap Master)」として活動を始めたことにより、遅ればせながら人生後半のメンタルマネジメントをどうすればいいか、何をよりどころにすればいいかがわかってきました。
もっと早く出合っていれば、いまとは違う人間力にあふれた70代を迎えられたと悔やんでいます。
人材マネジメントの世界で「個人的資本」というと「人的資本」と「社会関係資本」はよく知られています。
スキルや経験をもとに「自分は何ができるか」、人脈が価値を生む「自分は誰を知っているか」はビジネスで成果を生むための重要な指標になります。
しかし50代は、もう一つの資本であり、「自分の心はどこまで発達しているか」の指標である「心理的資本」を自覚すべき世代だと私は思います。
「心理的資本」とは、「Hope(希望、目標)」「Efficacy(効力感、自信)」「Resilience(乗り越える力)」「Optimism(現実的な楽観性)」の4つの要素(リソース)から構成された、いわば選りすぐりの「心の力」です。
4つのリソースの頭文字をとって「HERO」と呼ばれます。
もちろん「心」には他にも多くのリソースがありますが、50代になって何かをリセットしたいと思っているみなさんは、まずはこの4つの「心理的資本=HERO」を意識することをおすすめします。
なぜなら、この「HERO」が「心をポジティブに発達させる」ための原動力だからです。
そしてそれが「人間力」にあふれる「上司」「先輩」としての振る舞いにつながるからです。
50代のみなさんはこの「心理的資本」の概念を理解し、自らアップデートしてゆくことで自分の心の発達を感じ散ってください。
*「心理的資本」の詳細はページの最後をご覧ください。
「Hope(希望、目標)」:未来への道筋を再設定する
50代は、仕事中心だった「Hope」を見直し、家族の幸せや健康、社会貢献といった人間本来の「Hope」を設定することが心を発達させる第一歩です。
それが「人間力」を形づくるからです。
「子どもや両親と一緒に過ごす時間を大切にする」「社会に対し何ができるか考える」といった、仕事を離れた人間らしい「Hope」を掲げることで、未来に新たな道筋が生まれます。
「Efficacy(効力感、自信)」:新しい分野での自己効力感を高める
50代は、これまでの仕事での成功体験はすべて忘れて、全く新しい分野で「Efficacy」を高めていく機会をつくるべきです。
地域活動やボランティア、趣味の世界で別の自分の存在価値を発見し、新たな効力感を得ることで「最近ちょっと変わりましたね」と言われるようになります。
「Resilience(乗り越える力)」:バランスの取れた回復力を意識する
50代は、失敗や困難で心が傷ついたとしても、若い頃のように無理やり「Resilience」を発揮するのではなく、経験を生かして心と体のバランスを取りながらゆっくり回復することができるはずです。
この姿勢は周りからは「できる大人」に見えます。
適度な運動や良質な睡眠、マインドフルネスなどのストレスマネジメントを日常生活に取り入れましょう。
「Optimism(現実的な楽観性)」:ポジティブな未来を信じる
50代は、身体の衰えや仕事環境の変化など、これまでとは異なる不安を抱える時期でもあります。
しかし、自分の可能性を信じ、未来に対して楽観的な姿勢を持つことが、心の健康につながります。
若い人に受けなくても常に「ユーモア」を振りまくくらいの明るさが「人間らしさ」を生むのです。
自分だけの「My心理的資本」を作る
特に「心理的資本」に含まれる「Hope(希望、目標)」は、50代が最もおろそかにしてはいけない「心のインフラ」であり、70代になったときに「心の財産」になる概念だと感じています。
私は50代の頃には、夢や目標の方向が仕事の成功にばかり向きすぎていて、家族(特に母、妻、娘たち)の幸せや心身の健康、さらには世界平和や社会貢献、親孝行といった人間本来のテーマを後回しにしていました。(情けない限りです。)
そしてこのことが現在地での不安定なメンタルにつながっています。
また「心理的資本」の研究では、「HERO」に加え、創造性(クリエイティビティ)、精神性(スピリチュアリティ)、マインドフルネスといった要素も次の「心理的資本」の候補として存在しています。
50代が心を発達させて「人間力」を上げるためには、これらの新しいリソースも取り入れて自分独自の「My心理的資本」を作り上げることも必要ではないでしょうか。
「心理的資本」をアップデートするために
「心理的資本」は日々生活の中で意識しなければ次第に忘れて行きます。
特に50代は一瞬意識してもすぐに仕事に忙殺されて、アップデートする時間も無くなります。
一日一回は「自分の心がどこまで発達しているか」を問いかける習慣をつけましょう。
「哲学的思索」を続けること
私の考える「哲学的思索」とは、「自分自身や人生、世界の本質などについて深く考え、自らの存在意義や価値を見出そうとすること」です。
こうした「答えがすぐに出ない問い」に向き合い、思考を重ねて行きながら、ある着地点を見つけることが「心を発達させる」時間になるのではないでしょうか。
仕事に追われる50代は、忙しいという理由でこの時間を排除しがちです
私自身50代のときに、ふと「自分の人生の意義」を考えることがあっても、すぐに目先の仕事を優先し、それを持続させなかったことをいま強く後悔しています。
そのことによって、いま70代になってやっと「哲学的思索」に向き合うようになってもさらに混迷を深めるばかりで、着地点が見つかりません。
いま50代のみなさんには、たとえ仕事で毎日が忙しくても、この「哲学的思索」の時間を十分に作って欲しいと思います。
それによって、いまの疑問や悩みにある着地点を見つけて「これでいいのだ」と一歩心を進めることができれば、必ず次の20年が変わってくるはずです。
感謝すべき人に感謝を伝える
私が70代になって一番後悔しているのはこのことです。
恥ずかしくて「ありがとう」と素直に言えない性格であったこともありますが、自分の心は30代のころから発達していないのではないかと思ったりします。
特に自分を大人になるまで育ててくれた両親と、何十年も一緒に過ごしてきたパートナーには50代になる前に、ちゃんと言葉で感謝の気持ちを伝えるべきです。
それができなければ「自分の心が発達している」とは言えないと思います。
「エリクソンの発達段階」と50代の課題
「心理的資本」の他にも、50代が知っておかなければいけない「心の発達」があります。
心理学では有名な「エリクソンの発達段階理論」です。エリク・H・エリクソンはドイツ人の心理学者で、「アイデンティティ」という言葉の生みの親と言われています。
エリクソンは人生を8つの段階に分け、それぞれに固有の「心理的課題」があり、達成できないと「心理的危機」に直面し、課題を達成することで獲得できるものがあるとしました。
50代を含む壮年期は「生産性 vs 停滞性」という課題に直面しますが、それを乗り越えると「世話」という力を獲得できます。
「生産性」の課題とは、自分自身の成長を他者や社会に還元し、次の世代を育てていくことが求められます。そしてそれができなければ「停滞」が待っています。
つまり、自分だけの成功や利益を追求するのではなく、次世代や周囲の人々のために貢献することが重要になるのです。
そして達成できた暁には、「世話」が獲得できます。
「世話」とは、他者や次世代に対する関心と責任を持つ力です。自分の経験から後輩に伝えることを考え、次世代のために行動することができます。
私の場合、仕事では一定の成果を上げることができましたが、先ほども触れたように、家族との関係や社会への還元という課題は全く達成できていなかったので、見事に「停滞」のステージに立たされました。
50代の頃にこの理論を理解していれば、こうした課題にもっと真剣に向き合って、後悔の少ないウェルビーイングな人生を築けたのではないかと考えています。
20年後に出合う「老年的超越」という「心の着地点」
「老年的超越」という言葉を知っている方は少ないと思います。
「老年的超越」(Gerotranscendence)は、スウェーデンの社会学者ラース・トルンスタム(Lars Tornstam)によって提唱された理論で、老年期における心理的・精神的な変化を説明する概念です。
この理論は、従来の「老化」に関する考え方を超える視点を提供し、「老年期における成長や成熟」を肯定的に捉えるものです。
つまりいま私がまさに実感している心理的体験であり、おそらくはいま50代のみなさんが20年後に出合う「心の最終着地点」かもしれません。
「老年的超越」の特徴
トルンスタムは、老年期における超越的な変化を以下のような特徴で説明しています:
- 自己中心性の減少
若いころの物質的な欲求や自己中心的な考え方から離れ、他者や自然、宇宙とのつながりをより深く感じるようになります。 - 視点の拡大
現実や人生についての視野が広がり、物事をより包括的かつ哲学的に捉える傾向が強くなります。 - 死生観の変化
死に対する恐怖が減り、死を自然の一部として受け入れるようになります。この変化により、人生そのものへの感謝や意味を深く感じるようになります。 - 社会的孤立の肯定的受容
他者との交流を楽しむ一方で、孤独を必ずしもネガティブなものとして捉えなくなり、自分自身との向き合いを大切にするようになります。 - 物質主義から精神性への移行
物質的なものへの執着が薄れ、精神的・内面的な価値や経験をより重視するようになります。
「老年的超越」の意義
この理論の意義は、「老化」を単なる「肉体的・精神的な衰え」として捉えるのではなく、「成長や新たな視点の獲得」として見る点にあります。
老年期をポジティブに捉え、「生涯にわたる成熟」という視点を強調しています。
たとえば、仏教や東洋思想における「悟り」や「無常観」とも共通する部分があると考えられ、精神的な豊かさを目指す人生観と言えます。
この考え方は、高齢者のケアやサポートを考えるうえでも役立ち、本人の価値観や視点の変化を尊重することが重要であると示唆しています。

「脳は老いても、心は老いない」50代からの新しい人生を切り開くための「心理的資本」
50代は人生の折り返し地点であり、これまでの生き方を見直すために「心」を見直すいい機会です。
仕事中心の「Hope」と「Efficacy」を見直し、「哲学的思索」の時間を取り入れながら自分の「心理的資本」をアップデートし、家族の幸せと健康、社会への貢献といった新しい価値観を持つことで「人間力」を磨き、心を成長させることができます。
「脳は老いても、心は老いない」
私自身、この信条を胸に、これからも「哲学的思索」をしながら自分の「心理的資本」のアップデートを続けたいと考えています。
但し、エリクソンの発達段階においては「老年期」であり、「自我の統合vs絶望」という心理的課題にも直面しています。
しかし過去の経験を受け入れ、自己を肯定的に評価し、現在の人生を統合することで平穏を得られるはずです。
そして「自我の統合」の課題を克服し、「絶望」に向かわなければ、今度は「知恵」という力を得ることができます。
「知恵」とは、人生の経験を通じて得られる深い理解と洞察力です。
「自我の統合」によって得た「知恵」を次世代に受け継ぐことで、充実した老後を過ごすことができると信じています。
最後に、冒頭で引用させていただいた宮本輝さんの「草原の椅子」という本のあとがきで、宮本輝さん自身が「おとな」を定義しています。「おとな」である50代のみなさんにご紹介しておきます。「自分の心がどこまで発達しているか」、一つの答えかもしれません。
「おとなとは、幾多の経験を積み、人を許すことができ、言ってはならないことは決して口にせず、人間の振る舞いを知悉していて、品性とユーモアと忍耐力を持つ偉大な楽天家でもある。」
(ホリシン)
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